BURRN!編集長のエディ追悼記事

雑誌「BURRN!」の編集長がエディ追悼文を寄稿されています。

“天才ギタリスト” エディ・ヴァン・ヘイレンはなぜ「別格」なのか?《「BURRN!」名物編集長が追悼》

落語に例えるところとか、落語をあまり知らない私からすると全くピンと来ませんが、エディの業績をよく書いていると思ったところを引用します。

エディ以前に彼に匹敵するほどの「革命」を起こしたロック・ギタリストはジミ・ヘンドリックスただ1人と言ってもいい。エディのタッピングを交えた速弾きスタイルは、それまでのブルーズを基盤とするロック・ギターの在り方を大きく変えた。

(中略)

誤解を恐れずに言えば、ロック・ギターの歴史は「エディ以前」と「エディ以降」に分けられる。エディはそれほどまでにエポックメイキングな存在だったのである。

(中略) 

ヘンドリックスやクラプトン、ブラックモアといったプレイヤーは、ギターという楽器の長い歴史を受け継ぎながら、ブルーズを基盤とする「ロック・ギター」というスタイルを確立した。それを「昭和の名人」が「古典落語」という概念を定着させた事実になぞらえるならば、エディ・ヴァン・ヘイレンは落語史で言うところの古今亭志ん朝や立川談志だったと言えるだろう。志ん朝・談志は「昭和の名人」が確立した世界を、より現代的な方法論で推し進めた「次世代の名人」であり、そのズバ抜けた人気と実力によって圧倒的な影響を後進に与えた。同様に、エディもロック・ギターを「次の次元」に推し進めた「次世代の名人」なのである。

“天才ギタリスト” エディ・ヴァン・ヘイレンはなぜ「別格」なのか?《「BURRN!」名物編集長が追悼》

記事全体でエディの偉大さを最大限に出し尽くしてくれていて、私は満足です。

物理学でいえばエディ以前のギタリストはニュートンで、エディはアインシュタインとかハイゼンベルクあたりになると私は思います。

これからギターという楽器がある限り、いやギターという楽器がなくなっても人類がある限り、エディの残した奔放な表現様式はいつまでも伝えられていくと確信しています。

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